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【自粛警察必見】最も危ない思想は悪ではなく『正義』であるという話【相互監視による全体主義化】

世の中 最も危ない思想 悪 正義思考

こんにちはmasayaです。

コロナ禍によって自粛しない人たちを叩く『自粛警察』

マスクを指定ない人を叩く『マスク警察』などが現れています。

こうした正義という名の棍棒で悪と見なした者の頭を打ちのめす人が増えています。

今回は、世の中で最も危ない思想は悪ではなく『正義』であるという話をご紹介します。

世の中で最も危ない思想は悪ではなく『正義』である

世の中 最も危ない思想 悪 正義

最近コロナ禍によって『自粛警察』『コロナガー』と呼ばれた人たちが続出しています。

自粛警察やコロナガーの特徴は以下の4つになります。

①:やって良いことと悪いことを法律とは無関係に決定し、守らない人間を罰する権限と資格があると信じる
②:その行為は正義であると信じている
③:医療関係者や命を盾に取る(これを言えば相手は黙ると思っている)
④:命を盾に取る割りには「自粛しないならコロナにかかっても病院行くな」と命を粗末にした発言をする

三重県では、石が投げ込まれたり、壁に落書きされるなどの被害があったようです。

三重県の鈴木知事は、20日の会見で、新型コロナウイルスの患者や家族の家に、

石が投げ込まれたり、壁に落書きされるなどの被害が三重県内であったことを明かしました。

「誰がいつどこで感染するかわからない中、傷つけ合っても意味がない」(三重県 鈴木英敬知事)

鈴木知事は、「感染による差別は、絶対にあってはならない。差別が起きないよう呼びかけていく」としています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200420-00016340-cbcv-soci

また、公園に親子の姿があり役所に苦情を入れる方もいるようです。

保育園や学童保育が休みになり、公園は貴重な居場所になりつつあるが、

役所には「緊急事態宣言が出ているのに」と苦情が寄せられることもあるという。

「集団での利用はご遠慮ください」。ブランコや噴水を備えた東京都荒川区の公園には、

入り口に注意を促す看板が設置された。子どもが密集しがちな滑り台などには、

使用できないように「立ち入り禁止」の黄色いテープがぐるり。

公園を管理する区には「子どもを遊ばせられない」などと苦情が寄せられるが、

担当者は「感染拡大の危険性はできるだけ排除したい」と理解を求める。

杉並区では、

「緊急事態宣言が出ているのに遊んでいる。どうにかならないかとの苦情が寄せられる」(担当者)という。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200422-00000068-jij-soci

ライブハウスにも張り紙を出して自粛を強要しています。

新型コロナ 自粛警察

中には、直接飲食店に誹謗中傷する人まで現れています。

新型コロナ 自粛警察

駄菓子屋にも子どもを集めるなと誹謗中傷しています。

日本 自粛警察

最近は自粛警察が過剰に反応し過ぎだなと思っています。

張り紙のケースで言えば、威力業務妨害に該当するレベルですからね。

世の中で最も危ない思想は悪ではなく『正義』だと思っています。

人間が最も残酷になるのは悪に染まったときではなく、

真偽どうであれ『正義の側に立った』と思ったときの人間の加虐のブレーキは壊れます。

こうした自粛警察は『自分が正しい』という免罪符を手に入れてしまい、

正義という名の棍棒で悪と見なした者の頭を打ちのめす快楽に溺れてしまうからです。

自分の正義の基準によって、自分の判断で他人を断罪したり制裁を加えることは当然してはいけないことです。

自粛警察の人たちは戦時中の他人を『非国民』扱いする人に性質が似ています。

新型コロナ 自粛警察

言っていることもやっている事も正しいかもしれないですが、本来その人に他人を取り締まる権利も権限もないです。

・世の中で最も危ない思想は悪ではなく『正義』である
・真偽どうであれ『正義の側に立った』と思ったときの人間の加虐のブレーキは壊れる
・自粛警察の人たちは戦時中の他人を『非国民』扱いする人に性質が似ている

自分をがんじがらめに縛ってしまう思考法『シュド思考』

新型コロナ 自粛警察

なぜ自粛警察な感情の人が居るのか東都、

自粛警察などは元々、正義心や道徳心が強く以下のような思いを常に抱いています。

・〇〇でなければならない
・〇〇すべき

何事においても『〇〇すべき』『〇〇でなければならない』という

自分をがんじがらめに縛ってしまう思考法を『シュド思考』といいます。

しかし、シュド思考の人がどれだけ思っていても物事が自分の思っている方向に進んでくれるわけではないです。

そのため、自分の心の中で『不満感』『不遇感』を大きく膨らませてしまい、

その鬱憤をはらすために正義や道徳の名をもとに他人を攻撃しているのではないかと思います。

今回の新型コロナのケースで言えば、

『自分はちゃんと自粛しているのに好き勝手歩いているやつがずるい。損した不公平だ。』

という感情です。

これは他人の得が許せないルサンチマンと呼ばれる人たちです。

他人の得が許せない人々が増加中!?ルサンチマンにならない3つの対策方法について解説してみた【社会は結果が全て】
日本では他人の得が許せない人々が増加中のようです。 これは ルサンチマンにならない3つの対策方法について解説していきます。

ルサンチマンとは、弱者が強者に対して抱く『恨み』『嫉妬心』のことです。

新型コロナの場合は、自粛していない人に対して自分が自粛をしていることによる

『恨み』『嫉妬心』が自粛警察を生み出していると思っています。

正義を振りかざして自分の恨みや嫉妬心を相手にぶつけているだけなのです。

・自分をがんじがらめに縛ってしまう思考法を『シュド思考』という
・『不満感』や『不遇感』を大きく膨らませ鬱憤をはらすために正義や道徳の名をもとに他人を攻撃している
・他人の得が許せないルサンチマンと呼ばれる人がコロナ禍によって増えている

日本は過剰な相互監視によって全体主義になっている

日本 相互監視 全体主義

日本で政府の自粛要請が機能するのは『国民の民度が高い』わけではなく、

相互監視と同調圧力による『全体主義国家』だからです。日本は過剰な相互監視によって全体主義になっています。

全体主義とは『個人の全ては全体に従属すべきという思想や政治体制の1つ』です。

全体主義とは20世紀に初めて姿を現した政治体制であり、

ナチスドイツやソ連のスターリンによって作られてました。

全体主義は、個の喪失であり人間を個々の存在から全体の一部としてしまうことにあります。

例えば、マスク着けないと入店拒否されるマスク全体主義というケースもあります。

三井住友銀行の一部店舗が、マスクを着けていない利用客の入店を拒否していたことが分かった。

「やりすぎ」などの批判を受けたため、入店を拒否せずに、

マスク着用など「せきエチケット」を呼び掛けるなどの対応を徹底する。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200413-00000007-kobenext-bus_all

他にもマスクつけずに会議出席した男性を懲戒処分されるケースもあります。

マスクを着けずに会議に出席したことなどを巡り、

大阪電子専門学校(大阪市天王寺区)を運営する学校法人木村学園(同)が、

嘱託職員の男性(60)を出勤停止の懲戒処分にしていたことが28日、わかった。

同校職員らの労働組合は「行きすぎた処分」として同日、法人側に団体交渉を申し入れ、

来月には抗議文を提出する方針。

組合などによると、男性は今月7日、新年度の授業内容を話し合う会議にマスクを着けずに出席。

会議後、法人幹部に未着用の理由を聞かれ、「どこに行っても買えない」と返答したという。

後日、男性は面談した幹部から「感染源になったらどうするんだ」などとただされ、

顛末てんまつ書を提出して説明しようとしたが、「受け取れない」と言われ、

4日間(5月12~15日)の出勤停止の懲戒処分を受けた。

https://news.livedoor.com/article/detail/18192459/

新型コロナによって日本の全体主義が加速しています。

国民がテレビなどの情報から恐怖に陥り思考停止になり、攻撃対照を見つけて同調攻撃しているわけです。

さらに、ナチス当時違うのは、テレビの情報だけではなく、

SNSなどで市民レベルで情報を共有したり発信したりできるところです。

自粛警察が自粛警察との強い繋がりが生まれて、皆と同じ様に行動させる圧力が非常に強くなっています。

もし、自粛警察の正義で飲食店やライブハウスの人たちが失業して自殺したとしても

そんなことをするつもりでなかったと言うはずです。

彼らは正義だと思ってやっていることが『他人を傷つけていると感じていないから』です。

新型コロナ 自粛警察

・日本で政府の自粛要請が機能するのは『国民の民度が高い』わけではなく相互監視と同調圧力によるもの
・日本は相互監視と同調圧力による『全体主義国家』になりつつある

ゼロリスクなんてこの世の中に存在しない

新型コロナ ゼロリスク

自粛警察の方は、自粛してたら根絶または終息すると思っている人が多いようです。

しかし、この世の中に『ゼロリスクなんて存在しない』です。社会で生きていれば当然リスクはついて回ります。

新型コロナよりも死亡者が多いものを挙げると以下のようなものがあります。

・インフルエンザ→3,000人
・餅→1,300人
・自殺→20,000人
・お風呂→17,000人
・交通事故→3,500人

私たち人類は、こうしたリスクと共に共存して生きています。つまり『リスクを許容しながら』生きているわけです。

もし、これを新型コロナのように自粛警察のようにゼロリスクで考えるならこのようになります。

お風呂→ヒートショックになるので高齢者は自粛
自動車→事故が多いので運転の自粛
餅→お正月に食べることを自粛

それでも私たちはリスクを許容して向き合いながら生活しています。

理由は私達が『リスクをゼロにすることなんて絶対に不可能』だとわかっているからです。

上記の出来事と新型コロナとで何が違いがありますか?ありませんよね。

なので、以下の2つのバランスを見るべきだと思っています。

リスクを減らす為の活動:その活動に対するリスク

何がリスクが高いのか?何がリスクが低いのか?それらを考慮しながら

自粛する場所としなくても良い場所などを判断して行くべきだと思います。

みんなで均等に何でも我慢する→何でもすべて自粛させる。
リスクの高いものをきっちり制限する→公園やサーフィンは解除して接客のある水商売は自粛させる。

自粛やマスクは『感染防止の手段であり目的ではない』です。

リスクの高いものを制限してリスクの低いものから自粛を解除していくことが大切です。

もう少し国民が『正しく恐ろ』を意識して自粛をして欲しいと思っています。

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